« 浦和の分水嶺たる試合 | メイン | J League Div.1 2008 MatchDay.16 OITA Trinita in KyushusekiyuDome »

2008年07月06日

J League Div.1 2008 MatchDay.15 F.C.TOKYO in SaitamaStadium2002

単純に勝利を喜ぶべきなのか、勝利の影に隠れた深い闇を憂慮すべきなのか・・・。

序盤は達也をスタメン起用した事で前線に動きが生まれ早い時間に先制点を奪えた事はその効果である事は確かではある。ただその他の部分の動きの質の悪さは相変わらず。前節からの変更点は達也だけで、その達也も体力の底上げが少なく20分過ぎには停滞し、流れをFC東京へと渡してしまう。前半の20分まではポゼッションを高めボールをキープした状態が続いた物の20分を過ぎると徐々にボールを失いポゼッションも下がり、展開として相手に思う様にやられはじめてしまう。後半に入るとその様相は顕著に現れ始め浦和の選手は自陣から出て行く事もままならなくなり、ゴール前に人の壁を築き上げ跳ね返す事のみに注力する。終盤前掛かりになったFC東京のミスで奪った永井のゴールはいろんな意味でおまけの様な物。達也と代わって入った永井の唯一のプレーと言ってもいい。

このひとつ前のエントリに分水嶺となる試合と言った。まぁ、FC東京があそこまで崩れているとは予想していなかったが、その分水嶺となる試合に於いて浦和が選択した事は守備に注力すると言う事だった。守備を立て直すのではなく、守備を中心に試合へ望むと言う答え。そこにはムービングもファイトも存在せずただただ自陣に引きこもり相手のシュートを壁となり跳ね返す。立ち上がりの僅かな隙で1点を奪いその1点をひたすらに守る。何が何でも失点だけはしないと言う戦い方。その道を選択した。ギド・ブッフバルトが攻撃的を標榜しつつも結局は守備的なサッカーへ傾向したように浦和はまた攻撃よりも守備を選択した。確かに目先の勝利をただ拾うなら手っ取り早いやり方だろう。ただ、それは弱者がすべからく勝利を拾う為の戦い方に過ぎない。リーグ首位に居るチームの取る戦い方じゃない。ましてやビッククラブを標榜するクラブがこんな安易な手法を選択する事は恥以外の何物でもあるまい。監督の発するムービングと言う物は結局はこう言う事なのかと勝利の裏で愕然とした。今のまま続けていけば今後も結果と内容の狭間でクラブに関わる者みんなが葛藤を繰り返す羽目になる。

本当にこんなんでいいのか?


浦和 2-0 FC東京
Goal:#17エジミウソン、#9永井

[サッカーショップ加茂]浦和レッズホームユニフォーム

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.triumphal-song.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/237

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

About

2008年07月06日 01:41に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「浦和の分水嶺たる試合」です。

次の投稿は「J League Div.1 2008 MatchDay.16 OITA Trinita in KyushusekiyuDome」です。

Creative Commons License

このブログは、次のライセンスで保護されています。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス.

Powered by
Movable Type 3.34

Contact:info@triumphal-song.com

copyright
(C)2007triumphal-song.com AllRightReserved.